2025/08/06 (水)
今日は早起きするぞ!と思って
アラームを4:30にセットしたのですが、気付かず・・・
4:50 起床
初寝坊です
疲れていたのか?酒が残っていたのか?
急いで準備
5:00 チェックアウト
なんとか8hパック以内には収まった
今日は、終日、
平安京エイリアンでぐるぐる回ります
ちなみに、
平城京(710〜784年)は奈良
平安京(794~1869年)は京都
です
高校生の時に来た修学旅行では、特に興味もなかった奈良・京都ですが
知見の広がった今なら、行きたい所、見てみたいものがたくさんあります
決められたコースを回るだけの修学旅行と違い、
「大人の修学旅行」って感じでワクワクします!!
本日もご安全に!
京都府
船岡山公園
春はあけぼの。
やうやう白くなりゆく山ぎは、
すこしあかりて、
紫だちたる雲の、
ほそくたなびきたる
~枕草子(作者:清少納言)~
今回の旅の目的の一つです!
この情景を見るために京都まで来たといっても過言ではありません
大河ドラマ「光る君へ」を観て以降、ものすごく楽しみにしていました!!
と、いう訳で
その情景を見ることが出来るという建勲神社へ行ってみましょう!
快活clubから建勲神社まではおよそ20分
まだ日も昇らないうちに早起きしたのはこのためです
5:20 到着
空がやや白みがかってきた
ヤバイ、急がなければ!
5:00頃は若干暗かったのに・・・
まず、「ここでよく見えますよ」の場所がわからないので
とりあえず船岡山公園の「頂上」へ行ってみます
朝イチから坂道ダッシュ!!

展望台ではないのだけれど、まぁいい感じ
左側→右側の景色


うん、雰囲気はある
徐々に日が昇って行く感じがいいですよね

でも、ちょっと遅かったか?
そういえば「春はあけぼの」の石碑とかはありません
もしかして、ここではないのか?
「建勲神社で、”春はあけぼの”の情景が見られる」
というのは「歴史探偵」という番組で知ったので、
再度ネットで調べて確認してみます
すると、なにやら背景に境内が映っていました
そっちか?
とりあえず境内へ移動してみましょう
まずい!太陽が昇り始めている
ダッシュ!!
建勲神社(けんくんじんじゃ)
なんとか建勲神社の境内を見つけて、
お参りして、
歴史探偵で映っていた場所を見つけました
ココだっ!!

ちょうど日が昇る頃です
間に合った!
けど、なんか微妙・・・
時期も違えば(今は夏の朝)
場所も違う(厳密には宮中からみた景色?)
しょうがない気もするけど、5時頃のほうが良かったかな?
「春はあけぼの」の景色が見たかったのですが、
自然相手だし、そう上手くはいかないか・・・
日が昇るのを見ていたら、
地元の人がやってきたので、ちょっとお話を聞いてみた
「春はあけぼの」の石碑というのはもともとないらしいのだが、
春はあけぼのの場所は「ココがそう!」と誇らしげに言っていました
誰もが知っている枕草子ですから、自慢できる場所ですよね
だいぶ日が昇ってきてしまいました
こうなると、もう違う・・・



さて、落ち着いたところで
改めて境内を回ってみましょう
建勲神社は、織田信長公を祭っている神社らしいです
”建勲神社”
京都府京都市北区紫野北舟岡町49
駐車場:無し
駐輪場:大鳥居(表参道入口)の正面にあります(大船山公園詰図で言うと左端)
メモ:正式には「たけいさおじんじゃ」一般的には「けんくんじんじゃ」

「敦盛」の石碑はありました


やや不完全燃焼となってしまった「春はあけぼの」ですが・・・
そもそも「枕草子」とは
平安時代に清少納言が、藤原定子に仕えた経験をもとに
宮中の生活や自然などを綴ったエッセイ集です
なので、実際は”宮中(京都御所)から見た景色”ではないでしょうか?
もちろん、宮中のこの場所から見た!というのまでは分からないし、
現在は建物が建っていて、山ぎわを見ることは出来ないですよね・・・
って事で、
ここからが見やすいというだけで、ココ!という訳ではない気がします
注意:個人的見解です
二条城
”元離宮二条城”
京都市中京区二条通堀川西入二条城町541
営業時間:8時45分~16時(閉場17時)
入城料:800円
二の丸御殿拝観料:500円
所要時間:およそ60~90分
メモ:江戸時代では、主に徳川家が京都に来た際に泊まる拠点
明治以降は、皇室の離宮
京都は見たい所が多いので、とりあえず素通り

京都御所
”京都御所”
京都府京都市上京区京都御苑3
通常公開時間:4〜8月は9時〜16時20分(17:00閉門)
3、9月は9時〜15時50分(16:30閉門)
10〜2月は9時〜15時20分(16:00閉門)
料金 : 無料
予約:不要
入城門:清所門の参観受付すれば、そのまま参観可能
所要時間:およそ60~90分
メモ:天皇がお住いになられていた場所
ここも気になるのですが、時間が掛かりそうなので後回しにします
羅城門跡(らじょうもんあと)
そう、京都御所よりココが見たかった!!
”羅城門跡”
京都府京都市南区唐橋羅城門町1-2
(唐橋羅城門公園内)
入口は九条通り沿いにあって、ここから入って行くみたいです


奥は公園になっていて、いまでは石碑が立っているだけです


反対側は、普通の住宅街です
そちら側からも入れます


石碑の前にある説明文

~要約~
平安京の南側に設置された、表玄関に当たる大門です
この大門を境に内外を分けていました
弘仁7年(816年)大風により倒壊
後に再建されたが、天元3年(980年)暴風雨により倒壊
その後、再建されることはなかった
羅城門復元イラスト

よく見ると羅城門の前に小川(用水路?)があって
そこに橋が架かっているのがわかるでしょうか?
その橋は「唐橋」と言って、ここの地名の「唐橋」はそこからきていると言われています
羅城門周辺地図と位置

この地図より、公園入口(茶色いマンションの左↓)が羅城門の左端という事が分かります

おそらく、公園入口からマンション2つ分の大きさだったと思われます
京都御所をGoogleマップで見ると、結構遠くにあるのですが、
羅生門がココだとすると・・・
平安京でかっ!!広っ!!
注意:平安京の御所と、現在の京都御所では若干位置が違います
~参考~
「羅城門」は、正式名称であり、門そのものを指しています
「羅生門」は、羅城門を言いやすくしたもので、映画や小説を表しています
ちなみに、芥川龍之介(1892-1927)の「羅生門」は
平安時代末期の「今昔物語集/羅城門登上層見死人盗人語第十八」が元になっていて、
年代的に、実際の羅城門を見ていないことが分かります
平城京にも羅城門はあるのですが、芥川/羅生門は平安京の羅城門が舞台です
屋根のあるローソン


ローソンに屋根があるのって、珍しくない?
おそらく、景観を考えての事なのでしょうね
清水寺
修学旅行で行ったような気もしますが
とりあえず押さえておきましょう
”清水寺”
京都市東山区清水1-294
拝観料:400円(季節によって変動)
拝観時間: 6時~18時(季節により変動)
稲荷神社もそうでしたが、この辺の神社仏閣は朝早くから開いているイメージです
バイクを近くの駐輪場へ入れたら、あとは参道を歩いて行きます
バイク駐輪場は400円程度
そのようなつもりでいたのですが、とにかく外国人でいっぱい
人は多いし、駐車料金もバイクなのに高いし
なんかなぁ・・・
という訳で、清水寺は見送りました
京都観光は
バイクをどこか一日の駐輪場へ入れて
電車で回るのが正解なのか?
おちゃのこさいさい/産寧坂本店(七味唐辛子発祥の店)の「まいこさんひーひー」食べたかったな・・・
京都四条南座
”南座”
京都市東山区四条大橋東詰
メモ:約400年の歴史と伝統を誇る劇場で、
出雲阿国が「かぶき踊り」をはじめた歌舞伎発祥の地と言われています
建物は、国の登録有形文化財

歌舞伎を見る時間的余裕は無いので、建物だけチラ見
さすがに存在感あります
四条大橋
四条大橋になんかあったので、軽く寄って見てみました
おおっ!
出雲阿国だ


~要約~
歌舞伎の元祖と言われる「出雲阿国」
元は出雲大社の巫女でしたが、一座を率いて地方巡業して人気が広まりました
1603年この四条河原で伊達男風の扮装で「かぶきをどり」披露し絶大な喝さいを浴びている
晩年は出雲に帰り、尼僧となって生涯を終えたと伝わっている



流れている川は「鴨川」です


鴨川と言われると、「京都だぁ~」って感じになるのは
ワタシだけでしょうか?
五条大橋
ならばと、
五条大橋にも行ってみる
義経と弁慶が初めて出会った場所として有名ですが・・・
(諸説あります)
そのような記載はどこにもありません

それもそのはず
元々五条大橋というのは、平安京の五条坊門通(現在の松原橋)に架かっていたのですが
方広寺大仏殿を建立する際、豊臣秀吉が現在の位置↑に移設しています
義経と弁慶が初めて出会った場所というのも、いくつか諸説はあるのですが
これが、もし五条大橋(現在の松原橋)だったとしても・・・
旧五条大橋はすでに撤去されており、その名残りを感じることは出来ません
後で知ったのですが、
現五条大橋には、義経と弁慶を模した「京人形風の石像」がどこかにあったらしいです
本能寺跡
ご存じの通り、本能寺は火災にあっています
その、元々あった場所
つまり「本能寺の変」があった場所に行ってみましょう
”本能寺跡(石碑)”
京都府京都市中京区元本能寺南町346(老人ホーム)
メモ:上記住所(区画)の隅に石碑があります


この場所で、本能寺の変が起こったのだと思うと
感慨深いものがあります
ふと思ったのですが
京都御所から、意外と近いところで騒動があったのにビックリです
Googleマップだと微妙にずれているかも?
一通や一時停止が多いので注意が必要です

本能寺
本能寺は火災により、下記住所へ移転しています
”本能寺(現在)”
京都府京都市中京区寺町通御池通下ル下本能寺前町522
駐車場:無し(周辺にコインパーキング有り)
拝観時間:6時~17時
拝観料金:無料
宝物館入館料:700円
メモ:境内には信長公の供養塔があります
駐輪場が無いので、路駐して、
サクッとチラ見してきました


坂本龍馬中岡慎太郎遭難之地(近江屋跡)
坂本龍馬と中岡慎太郎が暗殺された、近江屋跡です
”近江屋跡”
京都府京都市中京区塩屋町(河原町通蛸薬師下る)
現在はカラオケ屋になっていて、その入り口脇に石碑があります
アーケード商店街の道路わきにあるので、
人通りが多い中、申し訳ない感じで写真を撮っています
ゆっくりと歴史に浸る・・・そんな雰囲気じゃないかな


~要約~
坂本龍馬と中岡慎太郎が暗殺された近江屋があった場所です
池田屋騒動跡
近江屋跡のすぐ近くには池田屋があります
京都府京都市 中京区東側町513
御所に火を放とうとする尊王攘夷派志士を、新選組が襲撃して事前に阻止したのが池田屋事件です
この事件により、新選組は一躍有名になりました


~要約~
ここで池田屋事件がおきました
池田屋事件騒動顛末記、池田屋の見取り図、事件の殉職者などが書かれています
現在は「池田屋」という名の居酒屋になっています

大通というほどでもないですが、
三条の通り沿いで、車や人通りは多いです

道路右側奥に停まっているトラックの後ろが三条大橋
三条大橋には、池田屋事件の時についた(と言われる)刀傷があります
池田屋から三条大橋は、結構近いですよね
新選組の追われて、そこまで逃げたと思うと
妙なリアル感が出てきます





三条大橋からの鴨川

そういえば、隣にあった銅像は何だ?
と思ってよく見たら
弥次さん喜多さん(「東海道中膝栗毛」の登場人物)だった



江戸から伊勢まで旅しているので、ここを通ったって事かな?
壬生寺(みぶでら)/八木邸
新選組が京で拠点としていた場所です
”壬生寺”
京都市中京区壬生梛ノ宮町31 (坊城通り四条下る)
拝観時間: 9時~16時(閉門は17時)
拝観料(壬生塚・歴史資料室): 300円
駐車場:周辺にコインパーキング有り
住宅街の中にある感じで、ここに駐輪場はありませんでした
(お寺の前に軽く停めて、サクッとお参りしています)


~要約~
当寺の境内では、新選組が大砲や剣術の訓練をしていました
池田屋騒動があったとされる7月16日には慰霊供養祭が行われています

新選組関連がPRしてあって、
歴女?アニメファン?も、ちらほら来ていました

ってか、よりにもよって「銀魂」!?
他にもあるでしょ・・・
「銀魂」の新選組が一番人気あるのか?
壬生塚からは有料です

芹沢鴨の墓や近藤勇の胸像などがあります
路駐なので、ゆっくり見ている場合ではありません

壬生寺の隣には八木邸があります
”新選組 壬生屯所遺跡(八木家)”
京都府京都市中京区壬生梛ノ宮町24
営業時間:9時~17時
料金:1100円(ガイド・屯所餅・抹茶付)
駐車場(八木邸北隣):有り(お買い上げのお客様は30分無料)
メモ:芹沢鴨が粛清された部屋が残っており、その時の刀傷もあります

函館と合わせて、新選組の始まりと終わりを見ると
どこか切ない気持ちになります・・・
そのような時代だったのだろう
地図を見ると、やはり二条城には近いですよね
なにかあったら、すぐに駆け付けられる距離です
壬生寺-二条城 徒歩25分/2㎞
とはいえ、歴史的事実の重さや深さに対して
路駐のバイクやら、暑さやら、観光PRやらで
あまり心に響いてこなかった・・・
ここはゆっくり訪れるべき場所だな
西岸寺(さいがんじ)/油懸地蔵(あぶらかけじぞう)
なにやら、「芭蕉」の文字が目に入ったので
ちょっと寄って見ました
”西岸寺”
京都市伏見区下油掛町898



~要約~
寺伝によると、
昔、油商人が門前で転で油をこぼしてしまいました
その油の残りを、この地蔵尊にそそいで供養し行商に出た所、
商売が大いに栄えた
という事で、「油をかけて祈願すれば願いが叶う」として
人々の信仰を集めています
境内には芭蕉の句碑があります
これは、当時の住職を訪ねた芭蕉が詠んだもので
後に句碑として建設されました
という訳で、ここにも芭蕉の足跡が!!
マジで?!
芭蕉塚「我衣(わがきぬ)にふしみの桃のしづくせよ」

自ら芭蕉を探しに行っているというか、
その名前が出たらうれしくなって、つい見に行ってしまいますね
この際、俳句の意味はわからなくてもいいです
寺田屋
”寺田屋”
京都市伏見区南浜町263
営業時間:10時~15時40分
拝観料:600円
駐車場:無し
~寺田屋遭難~
慶応2(1866)年正月21日
「坂本龍馬」と「三吉慎蔵」が寺田屋に宿泊中、伏見奉行所の捕り方に踏み込まれました
この時、お風呂に入ろうとしていた「お龍」は、窓の外に宿を取り囲む提灯があるのを気付きます
これはヤバイと思い、裸のまま階段を駆け上がり、龍馬にこの状況を知らせました
捕り方が部屋に踏み込んできたところ、龍馬は短銃・三吉は槍で応戦しつつ、なんとか寺田屋から脱出します
1㎞ほど先にある薩摩藩伏見屋敷を目指すのですが、左手を負傷した龍馬は材木小屋で動けなくなってしまいます
龍馬は、自分を置いて三吉に薩摩屋敷へ向かうよう言います
翌朝、三吉は薩摩藩士を連れて、無事に龍馬を救出することが出来ました
この事件をきっかけに龍馬は、命の恩人であるお龍を妻に娶っています
という旅籠屋です
とても趣がある感じで、たたずんでいます
今でも普通に泊まれるらしい




ここで「寺田屋騒動(寺田屋事件)」も起きていますが、龍馬が襲撃された「寺田屋遭難」とは別事件です
ちなみに、龍馬が暗殺されたのは「近江屋」です
寺田屋は、宿泊しなくても中を見学する事が出来ます

ベルを鳴らして待っていると、係の人が中へ案内してくれます

中に入ると、昔馴染の家って感じです


昔の寺田屋は、目の前まで川があったのですが
電車や車が発達して船移動が行われなくなったので
川を埋めてしまおうとなり、川幅が狭くなったそうです
(この川は後ほど見に行きます)




では、龍馬が襲われたという部屋へ行ってみましょう!!


窓からの景色
左側→右側


のんびりできそうな部屋です
部屋の向こう側にある階段の先には、お風呂場があります

行ってみましょう

ほう・・・


お風呂場で異変を感じたお龍さんは、龍馬に危機を知らせるため
この階段を駆け上がったのですね

龍馬がいた部屋の左側には、正面から2階へ上がる階段があります、


ここから、伏見奉行所の捕り方が登ってきました

龍馬が階段の上から捕り方へ向けて鉄砲を打って
三吉が槍で応戦して
・・・あぁ、恐ろしい


当時は、窓の右側に長屋が続いていたので、
そこを伝って外へ脱出したのだと思われます
事実、この部屋に龍馬が座っていて、襲われたかと思うとゾクゾクします
実際に自分の目で見ないとこの感じは分からないかもしれません
まさしくこれはノンフィクションだ!
ある意味、殺人未遂現場って事ですよね
この時はほかに誰も居なくて貸し切り状態だったので、
龍馬のように短銃を構えたり、三吉のように槍を構えたりしたのですが、
よく見たら、監視カメラが付いていました
そりゃ変なことする人もいるよね
中庭へ出てみましょう





先ほどの龍馬の部屋はこっちかな?
この窓から脱出したと思われます

寺田屋の前

寺田屋の位置は変わらないので、向かい側の家があるあたりが川だったらしいです
その向かい側の家の反対側に、川があります




当時は、こんな感じだったのでしょうね
龍馬とお龍の像

川の画像3枚目の、向こう岸にあります
臨場感たっぷりで見てきた寺田屋ですが、
当時の寺田屋は、鳥羽伏見の戦(1868年)に焼失しています
現在あるのは、その後に再建されたものです
とはいえ、歴史を肌で感じるには十分でした
少しでも興味があるなら是非見ておくべき観光地です!!
伏見であいばし/映画「君の膵臓を食べたい」の聖地
映画「君の膵臓を食べたい」の聖地らしい・・・
(アニメじゃなくて、実写のほう)
どこかのパンフに書いてありました
寺田屋のすぐ近くなので、ちょっと行ってみましょう
”伏見であいばし”
京都府京都市伏見区北浜町903−1



「君の膵臓を食べたい」の実写版は、観た気がするけど
いやぁ~、覚えてないなぁ・・・
覚えていないので、構図とかは適当です
後ほど、YouTubeで予告編を確認したら・・・
確かにココだ!!
京都-宇治 41分/14㎞
平等院鳳凰堂
京都中心部のメジャーな所はひとまず置いておいて、
車が無いと行きにくい場所、ちょっと外れにある場所として
宇治までやってきました!!
(注意:個人的感覚です)
10円玉の裏側に描かれている「平等院鳳凰堂」は
ちょと気になっていました
良さげな駐輪場を探すのが面倒だったので、
JR宇治駅南駐輪場に止めました


自動二輪(51~125㏄):300円
125㏄を超えるバイクは、ココに止められません
鳳凰堂までちょっと歩くのですが、どこに止めても少なからず歩きはあります
こっそりと宇治市役所に止められなくもないのですが・・・
そこからだと結構歩くことになりそう
参道には抹茶系のお店がたくさんあります!
さすが宇治抹茶!
ちょっと気になるけど、店に入ってゆっくりしている時間はありません
なんか食べるとしても帰りだな
”平等院”
京都府宇治市宇治蓮華116
拝観時間:8時30分~17時(ショップ等の営業時間は、若干短くなっています)
拝観料金:庭園+ミュージアム鳳翔館 700円
鳳凰堂内部拝観 300円
平等院鳳凰堂に到着して
いざ、チケットを購入しようかと思ったら、
ここも色々な言語が飛び交う多国籍エリアになっていました
チケット売り場のおばちゃんも大変そう
ってか、そんなに色々な言語に対応してるの?と思ったら
外国人相手でも、普通に日本語でしゃべっていました(笑)
「(日本語で)もう、言いきっちゃう!」
「(外国人ばかりなので)日本人が来ると安心するわ」
そう言って、流暢な日本語で意気揚々と説明してくれました
なにやら、入場料700円で特別に宝物殿も入れるらしい
ただし、平等院の中に入るには別途300円かかるのだが、
20分入れ替え制のため、今は1時間待ちだそうです
そこまでは待ちたくないなぁ
チケット売り場を過ぎてそのまま進むと、すぐに平等院の横に出ます

朱色に金ピカの装飾
一目見ただけで震えました



そして正面に回って大興奮です
これは震える!
まさしく10円玉!!
シャチホコではなく、鳳凰が光っている!!
見事としか言いようがない
これはずっと見ていられる
一生に一度は観ておくべき光景でしょう
平等院は「この世の極楽」というのを表しているらしいです
だから心が震えるのかもしれません
10円玉と一緒に撮ろうと思ったのですが・・・なかなかうまく撮れません

そうだ!
池の淵にある杭の上に乗せればいいのでは!?
ちょうど、おあつらえ向きに木の裂け目もあります

・・・いやこれ、自然に出来た裂け目ではないかも
おそらく、みんなそうやって撮っているぞ
とはいえ、ピントが合わないのでうまく撮れません・・・残念

そんなこんなで、結局1時間以上いる気がします
これなら平等院の中に入れたかな?
どうやら、中に入るのにずっと並んで待っているわけではなく、
時間予約制みたいな感じで、予約した時間になったら鳳凰堂脇に集合
みたいな感じでした
その時間予約が20分単位で、今は予約いっぱいで1時間後になる
といった感じだったのかもしれません
それならイケたか?
鳳凰堂の向かって左側

コースとしては、ここから「ミュージアム鳳翔館」へ向かいます
チケットに含まれているので、是非とも観ておきましょう
博物館なので写真は撮っていませんが
うん、なんか凄い!
ミュージアム鳳翔館を出ると、鳳凰堂の裏側にたどり着きます
鳳凰堂の奥には、ご本尊の阿弥陀如来が鎮座しています
ちょうど、この建屋の中ですね

鳳凰堂内部拝観では、この阿弥陀如来像を拝観するのがメインになります
ミュージアム鳳翔館には、そのレプリカが展示してあります
もちろん、本物とレプリカでは感じるものは違うとは思いますが・・・
屋根の上にある鳳凰が、青空に輝いています


向かって右側の後ろ

ぐるっと1周してきました

もう一度正面に回って、10円玉チャレンジ!



う~む、やはりダメだな・・・
御集印(平等院では、拝観の証明として印を紡いでいくという意味で集印となっています)

ずっと見ていたい所ですが、
次もあるし、暑いのでこのへんで切り上げます
暑すぎて、参道にある宇治抹茶の何かという気分ではありません・・・
一休寺
”酬恩庵一休寺”
京都府京田辺市薪里ノ内102
拝観時間:9時〜17時(宝物殿:9時30分〜16時30分)
拝観料:600円
駐車場:有り
メモ:一休宗純が晩年に過ごしたお寺です
~一休さん(1394-1481)~
後小松天皇と女官(宮廷につかえる女性)の間に産まれたと伝えられています
産まれた後は、地蔵院で母と暮らしていました
応永6年(1399年)相続争いの観点から、6歳で出家することになります
安国寺に入門し、周建と名付けられる
応永17年(1410年)17歳で、戒名を宗純と改める
応永22年(1415年)一休の道号を授かる
文明6年(1474年)大徳寺の住職を任せられ復興に尽力するも、そこには住まずに一休寺から通うようになる
文明13年(1481年)マラリアにて死去(享年88歳)
駐車場は広く、
観光バスが来るような感じでした

一休寺全景

現在地は左下の門のところです
駐車場から参道へ入ろうとする所にこんな看板が!

「拝観料と駐車場代は拝観受付まで」とあるのですが、拝観受付ってどこ???
駐車場にもそれっぽいものは無いし・・・
いったいどうすれば???
と、思いながら中に入ることも出来ずウロウロしていたら
庭師の人がいたので聞いてみると
拝観受付は、中に入ったずっと先だそうです
中に入っていいんだ・・・
ってか、よく見たら案内図に(うっすらと)赤く「拝観受付」って、書いてあった!!
わかんねーーーーー(笑)

参道を通って、赤い印のところまで行ってみましょう

するとそこには、「拝観受付こちら」と誘導看板がありました
今度は分かりやすい
安心したところで、ゆっくり見学しながら行きましょう
一休禅師墓所

~要約~
一休禅師は、文明13年(1481年)11月21日に示寂(じじゃく:高僧が亡くなること/悟りの境地に入って静まり帰ること)されました
人皇百代後小松天皇の皇子ということもあり、この一角は宮内庁の御陵墓として管轄しています

しばらく進むと、大きな建物があります
庫裡(くり)・・・お寺で住職の生活の場や寺事務所がある建物

ここで拝観受付をしました
そういえば、最初の案内には「庫裡で受付」と書いてあった気がする
庫裡ってなんだ?って感じではありますけど・・・
駐車場代ですが、バイクは無料だそうです
一休禅師の頃から作っている「一休寺納豆」の試食もできました
めっちゃ発酵してた
庭も凄い!
砂紋(さもん)が波うっています


一休禅師御使用の籠

~要約~
この籠に乗って大徳寺に通われました
本堂

宝物殿には一休宗純直筆の書がありました
一休宗純像

シャレが効いてる

有漏無漏の路

華叟宗曇の弟子となったとき、「洞山三頓の棒」という禅問答を問われます
その時の答えが
「有漏路より無漏路へ帰る 一休み 雨ふらば降れ 風ふかば吹け」
です
これにより「一休」の道号を貰う事になります
洞山三頓の棒:どこから来たか?どこで過ごしたか?という禅問答(詳しく解説すると長くなるので、割愛します)
有漏路(うろじ):煩悩のこの世
無漏路(むろじ):煩悩の無い悟りのあの世
「人生というのは、この世からあの世へと向かう一休み。雨が降ろうが風が吹こうが気にしない。」
世が世なら天皇になっていたかもしれない一休さんですが
そのことについては、どう思っていたのでしょうか?
もしかするとそれが「雨降らば降れ 風吹かば吹け」だったのかもしれません
強いですね・・・
三本杉

~要約~
一休禅師と蜷川新右衛門と蓮如上人が一本づつ植えたとされる杉
寿命にて衰色を表してきたので、その跡地に二代目を植樹しています

浴室

~要約~
中は蒸し風呂になっています
三黙堂の一つとして、静寂さを大切にする修行の場でもありました
現在あるのは、慶安3年(1650年)に新築されたものです
ふと思ったのですが、
やはり、一休和尚は京都弁だったのでしょうか?
そう思って、受付の人に聞いてみたら
「基本的に京都で過ごされていて、
たまに滋賀に行ったり大阪に行ったりもしたのですが
どのみち関西弁だったと思います」
との事
TVとかでは、やや標準語でしゃべっているイメージですが
実際は関西弁(京都弁)だったのかもしれませんね
寺田屋の人もそうでしたが、
別れるとき(帰るときに)の最後に
「暑い中、気をつけて下さい」
と付け加えてくれます
とても京都らしい心配りだと思いました

全体的に心が洗われるといった感じがします
他に誰もいなくて、とても静かでした
御朱印

~挟み紙に書かれている事の要約~
一休禅師のご命日は十一月二十一日。
最後の言葉は「死にとうない」でした。
禅師の人間味あふれる人柄が、多くの人を魅了しています。
駅から一休寺までは「一休とんちロード」として、
道中の電柱に「一休かるた」を活用した案内板があります



「一休さん風とび太」もありました

大徳寺
一休さんが住職を務めたという「大徳寺」へ行ってみましょう!!
一休寺-大徳寺 1h/27㎞
いや、結構あるぞ!!
徒歩だと5時間33分掛かると出ました
これを籠に乗って通ってたのか!?
”大徳寺”
京都市北区紫野大徳寺町53
駐車場:500円
拝観料:無料(各塔頭:別料金)
拝観時間:境内自由(各塔頭:9:00~16:30)

時間が遅いので、なんか閉まってる感じがします
周りからな何も見えなかった・・・
地蔵院
一休さんが幼少の頃、母と暮らしていたという地蔵院ですが・・・
さすがに間に合わないョ
明日かな?
所在地 京都市西京区山田北ノ町23
拝観時間:9時~16時30分
拝観料:500円
京都中心部まとめ
一日中、京都を走り回って思ったのですが、
御所・二条城があって、周りにはたくさんのお寺や神社があって
まさしく「京の都」という感じがしました
歴史の重みが違います
ってか、大小ありはするが、お寺ばかりだな・・・
神社よりもお寺が多いのは歴史的に何かあるのでしょうか?
京都はどこか匂いが違う気がしました
線香の匂い?
お寺が多いので当然なのか?
空気感も違うかもしれないのですが・・・
暑くてそれどころではありません
それでも、コンビニでは肉まんが売っていました
「京都の道は碁盤の目のようで走りやすい」と思っていたのですが
実際は、どこか微妙に走りにくい感じがしました
古い道路は、道幅が狭いので基本的に一方通行です
大きな通りは、ざっくり見ると碁盤の目になっているのですが、
たまに片側5車線になってたりもするので、若干戸惑います
そもそも、碁盤の目だったのは平安京の話で、
そこから道路事情も変わり、道幅や川幅が変わっていったのかもしれません
京都の観光地には、とにかくバイク駐輪場がないので(車のコインパーキングはある)
じっくり見るなら、一日どこかにバイクを置いて
電車か電動自転車で回るのが良い気がしました
バイクだと、基本的に路駐になってしまうので、情緒を感じるという気分にはなれません
京都御所や二条城近辺(平安京エリア)は、歩くとなると結構広いのですが、
北側⇔南側(西側⇔東側)が、車で20分くらい?
そんな場所で、いくつもの歴史的事件が、密集して起こっていたことに驚愕します
さすが動乱の幕末!
本日の地元スーパー
イズミヤ

このスーパーでは「鱧(ハモ)」の「粗(あら)」が売ってました
魚のアラは普通に売ってるけど、ハモのアラって・・・
ハモ自体は他の県でも見かけましたが、アラは始めて見ました
さすが京都!!
本日の宿泊地
昨日と同じ店舗の「快活club」
本日の地元飯

昨日気になった「京都さばずし」
40%引きだったので、買ってみました!
切れてないし、醤油を貰ってくるのを忘れたけど・・・
恵方巻みたいにかぶりつきます
旨い!!!
本日の走行距離
93㎞
京都観光は2日間の日程でしたが、
なんかもう、人が多いし、暑いし、
立て続けにお城やお寺に行ったので、
こういったものは当分いいかな・・・
二条城、京都御所、清水寺、地蔵院など
行きたい所はまだまだあったのですが、
駐輪場を探すのが面倒になってきました
これらはまた次の機会にして、先へ進みましょう

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